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10月25日。格調高く心に残る追悼演説でした。野田佳彦元総理の深みのある声が響く22分間。議場は故人を偲ぶ暖かな一体感に包まれました。
「政治家の握るマイクは、単なる言葉を通す道具ではありません。人々の暮らしや命がかかっています。マイクを握り日本の未来について前を向いて訴えている時に、後ろから襲われた無念さはいかばかりであったか。改めて、この暴挙に対して激しい憤りを禁じ得ません。」
政治的テロがなぜ決して許されないのか。統一教会問題を巡る報道などで世間の関心が移ろう中、改めて冒頭でこの追悼の意義を明確にされました。
「私も、同期当選です。初登院の日、国会議事堂の正面玄関には、あなたの周りを取り囲む、ひときわ大きな人垣ができていたのを鮮明に覚えています。そこには、フラッシュの閃光を浴びながら、インタビューに答えるあなたの姿がありました。私には、その輝きがただ、まぶしく見えるばかりでした。」
同期だからこそ感じる光と影。おそらく相手が自分を意識する遥か前から、ライバルの姿を目で追ってきた複雑な思いが伝わってきます。
「かつて「再チャレンジ」という言葉で、たとえ失敗しても何度でもやり直せる社会を提唱したあなたは、その言葉を自ら実践してみせました。ここに、あなたの政治家としての真骨頂があったのではないでしょうか。」
ここで誰からともなく自然と議場に拍手が沸き起こりました。再チャレンジという言葉に、それを体現した安倍総理のライフストーリーに、どれほど多くの国民が勇気を得たか。忘れていた感情を思い出しました。「私は、議員定数と議員歳費の削減を条件に、衆議院の解散期日を明言しました。あなたの少し驚いたような表情。その後の丁々発止。それら一瞬一瞬を決して忘れることができません。それらは、与党と野党第一党の党首同士が、互いの持てるものすべてを賭けた、火花散らす真剣勝負であったからです。」今国会で審議予定の区割り変更につながる2012年の定数削減の合意。シナリオなき真剣勝負に臨んだ2人の党首の凄まじい覚悟が心を打ちます。
「『総理大臣たるには胆力が必要だ。途中でお腹が痛くなってはダメだ』私は、あろうことか、高揚した気持ちの勢いに任せるがまま、聴衆の前で、そんな言葉を口走ってしまいました。他人の身体的な特徴や病を抱えている苦しさを揶揄することは許されません。語るも恥ずかしい、大失言です。」議事に残る追悼演説の中で過去の自分の発言の謝罪を入れるのはとても勇気がいること。何度も迷い推敲されたのではないか。発言を長く後悔されていた野田元総理の人柄が伝わってきました。「あなたの仕事がどれだけの激務であったか。私には、よく分かります。分刻みのスケジュール。海外出張の高速移動と時差で疲労は蓄積。その毎日は、政治責任を伴う果てなき決断の連続です。容赦ない批判の言葉の刃を投げつけられます。在任中、真の意味で心休まる時などなかったはずです。」その地獄を体験した総理大臣経験者にしか言えない言葉。同じ官邸にいながら海外出張に同行したことのなかった私には、時差疲労の蓄積まで当時思いがなかなか至りませんでした。「日本一のハードワーカー」と野田元総理が評した安倍総理の業績の偉大さに改めて感服します。「その上で、申し上げたい。長く国家の舵取りに力を尽くしたあなたは、歴史の法廷に、永遠に立ち続けなければならない運命(さだめ)です。安倍晋三とはいったい、何者であったのか。あなたがこの国に遺したものは何だったのか。そうした「問い」だけが、いまだ宙ぶらりんの状態のまま、日本中をこだましています。その「答え」は、長い時間をかけて、遠い未来の歴史の審判に委ねるしかないのかもしれません。」
この3ヶ月間。国中が悶え苦しんできた問い立ての見事さ。その答えは、党派対立の中で性急に出そうとせず、遠い未来の歴史の審判に委ねようではないかという大人の呼びかけに聞こえました。
「そうであったとしても、私はあなたのことを、問い続けたい。国の宰相としてあなたが遺した事績をたどり、あなたが放った強烈な光も、その先に伸びた影も、この議場に集う同僚議員たちとともに、言葉の限りを尽くして、問い続けたい。問い続けなければならないのです。なぜなら、あなたの命を理不尽に奪った暴力の狂気に打ち勝つ力は、言葉にのみ宿るからです。」
このスピーチで私が一番感じ入った部分です。初登院の日の眩しいフラッシュの「光と影」をここで回収しつつ、単なる故人礼賛に留まらない野党議員ならではの問題提起。それを民主主義の意義へ昇華させる見事な修辞。批判的な表現を控え、「問う」という姿勢に込められたフェアな姿勢に、党派は違えど議会人としてのお互いへの敬意を忘れない矜持を感じました。議場を包む大きな拍手が続きました。議場正面の最前列でこの演説を聞き、傍聴席を見上げると、遺影を持つ安倍昭恵夫人も深々と頭を下げていらっしゃいました。「このスピーチの後に、大臣辞任についての総理の責任追求の質問やらなくちゃいけないなんて。なんだかなあ。」友人の野党議員も思わずため息を漏らす、見事な追悼演説でした。議場を出ると、外はすっかり茜色の夕焼けに包まれていました。